言葉の煙霞

言葉は、無限の可能性を秘めている。

理系コンストラクション【第3号 不屈の座屈②】

f:id:hinata_manabe:20200715070329j:plain

 

2.自分の証明

 

 

 仄暗い講義室の片隅に、異国の街並みが表示される。森と湖の国フィンランドヘルシンキ駅前の様子だ。近未来的なシルエットの路面電車が映し出されている。緑色と黄色のツートーンカラー。首都ヘルシンキの伝統の色。

 

 フィンランドスカンジナビア半島の東側に位置する北欧の国。日本とほぼ同じくらいの国土を有している。サンタクロースとか、ムーミンとか、誰もが牧歌的な様相をイメージするその国から、世界でいち早くまちづくりのための戦略が生まれた。

 

 ――モビリティ・アズ・ア・サービス。

 

 都市計画を研究する源(みなもと)教授の舌足らずな英語が頭の芯にへばりつく。通称、Maas(マース)と呼ばれるそれは、近年、日本でも活発に叫ばれるようになった、と教授が説明する。要は情報技術を活用して、公共交通機関をシームレスにつなぐ画期的なシステムのこと。

 

 日本人って、すぐ、横文字に飛びつくからな。サステナブルとかさ。あたしにとっては、無縁のもの。どうでもいい。

 

 あくびを噛み殺しながら、都市計画の授業を受ける。大学院の授業は、すべて英語だ。

 

 世界へ羽ばたける技術者を生み出す。そんな文句を謳(うた)い、土木工学の専門用語なんかは、聞きなれない英単語に化ける。英語は好きでも嫌いでもないけど、一応、高校の頃から得意な方ではあった。でも、教授の発音を聴いていると、子守歌のような感覚に包まれる。なんという閉鎖的な英語。よくそんな発音で、学会発表などできるものだ。まるでフィンランドからやってきたムーミンが、あたしを夢の世界へと導いているようだった。

 

 背中を椅子に預け、一番後ろの席で誰にも気づかれないまま肩をすくめる。右手でシャープペンを回し、目を細める。脱力した腕で、『コンパクトシティ』とミミズのような文字をノートに連ねる。今、表示されているプレゼンの資料は、街と街をつなぐ新たな交通網の提案と題したイラストだった。教授は都市機能の集約化がどれほど効率的かを熱心に語っている。

 

 都市計画、いや、土木計画なんて、所詮、二次元の中での話にすぎない。あたしは平面的なものとか、平坦なものなんて、興味が無い。世界はそんな単純なものではない。もっと三次元的な考えを持つべきなのだ。いわゆる空間的なつながり。それが重要だ。

 

 ノートに薄く細い線で、遠く離れたフィンランドの街並みを描く。さらさらと小気味の良い音を立てて、真っ白な紙に背の低い建築物が生まれていく。アルヴァ・アアルトのコンサートホール。ヘルシンキ中央図書館オーディ。アモス・レックス。日本から約十時間もかかる、まだ見ぬ異国の風景。あたしの頭の中には、フィンランド専用のチャンネルが設置されているかのように、滞りなく再生される。高校の頃からずっと、憧れていた。ファンタジックで近未来的な建築構造物の数々。

 

 だから、あたしは建築学を志望していた。特に、意匠デザインだ。将来は国立競技場を設計した、かの有名な隈研吾(くまけんご)のように、世界へ羽ばたく一級建築士になる。そんな大志を本気で密かに抱いていた。そのためだけに、あたしはこの大学へやって来た。面倒なことは、すべてパスしつつも、夢を叶えるための勉学を必死に詰め込んできたはずだった。あたしは効率を重視するのではなく、最短の道のりでゴールを目指してきた。

 

 ガウディ、というおよそ建築学を学ぶ学生なら誰でも知っている言葉が、耳の奥へ滑り込んできて、あたしはイライラを募らせる。視線を講義室の片隅へ戻す。どうやらガウディが生まれたスペインの街、カタルーニャの話をしているらしい。ここでもコンパクトシティ。市街地の有効活用。

  

 ガウディに憧れたとか、ミース・ファン・デルーローエのようなモダン建築を作りたいとか、いかにも古典的な憧れを抱く人間は、吐き気がした。目を少女漫画のようにキラキラさせた同級生たちがたくさんいた。お前らは現代に生まれて、一般の感性を持ち得ているだけだろう。過去の人間に対して憧れを抱く時点で、自分を見下して、決して敵うことのない夢を、ただただ眺めているだけだろう。偉人になど、なれるわけがない。なぜ、自分の意志を持たないのか。それがあたしにとって、不可思議で、納得にいかない習性だった。

 

 そうじゃない。人生は、違う。過去に憧れるものではない。

 

 あたしはあたしの価値観を、新たな世界に植え付けるのだ。まだ誰も見たことがないデザイン。先鋭されたデザインの建築物。目を見張るような近未来的ビル群。環境と自然に調和したスタジアム。アートチックな公園。誰から見ても目に留まり、記憶の中から剥がれ落ちないような意識の共有だ。それを描くために、私は生きていたはずだった。

 

 

「それじゃあ、夢を口に出さないあなたは、夢を叶えることができるのかしら?」

 

 くくくと笑いを必死に堪えるような声が耳をくすぐり、脳を揺さぶる。

 

 

 うるさい。うるさい。うるさい。やめろ。

 

 あたしはペンを置き、耳を塞ぐ。瞼(まぶた)をぎゅっと閉じ、奥歯を噛む。そんな行為に意味はない。あたしの声は止まらない。

 

 

「あなたは、建築学を学べなかったでしょう?」

 

 

 そう。その通りだ。あたしはこの大学で、建築学を学ぶ夢は、永遠に閉ざされている。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 成績が悪いということは、誰一人として同情してくれない。それが例え、誰かの人生や夢を揺るがすものであったとしても。努力が足りない。成功した人間の発する言葉だけが、さも世界の法則であるかのように他人を論破していく。

 

「こんなの、納得できない!」

 

 不倫をしているのに、まるで自分は悪くないと正当化するような声。頬に張り付いた髪の毛の束。傍(はた)から見れば、ドラマで見かけるヒステリックな女に見えるだろう。これはあたしだ。

 

「そうは言ってもねぇ。この大学のルールだし。今年は想定以上に建築学を志望する学生が多くてね」

 

 学年担当の源教授が、一枚の書類を眺めながら、面倒くさそうに手を振っている。当然だ。こんな取り乱した女、誰だって相手にしたくないに決まっている。教授の机の上に『都市計画とまちづくりがわかる本』が置かれている。自分も持っている教科書を横目に、あたしは足を一歩踏み出した。

 

「だったら、今年は席を増やしたらどうなの? あたしは建築学を学ぶために、この大学へ来たのよ。これまで、どれほどの努力をしたと思っているの?」

 

 無駄だとわかっているのに、声は止まらない。甲高くて、今にも泣きそうだ。ルール。想定以上。縛られたもの囚われる世界なんて、既にオワコンじゃなかったのか。教授の手のひらが、時計の振り子のように目の前でぶらぶらしている。この腐りきった世界の時間を無理やり進めるように。

 

「と、言うか、君。なんで敬語を使わないの? 名前はなんだっけ?」

 

 教授はあたしを、問答する土俵にすら立たせてくれなかった。時は止まらない。あたしの人生はこの世界で進んで行くしか、道は無かった。

 

 あたしは涙も出ない瞼(まぶた)をかたく閉じながら、教授の部屋に背を向けて飛び出した。

 

「あぁ、まち」

肩へ誰かの声が石ころのようにコツンとあたる。振り返ると、同級生の早苗(さなえ)がレポートを片手に微笑んでいた。

 

「源教授に、建築学概論のレポート、出したの?」

 

 この時ほど、他人の言葉が憎いと思ったことはなかった。

 

 早苗の後ろの窓が開いていた。外から聞こえるコオロギの鳴き声が、耳を通り抜けもせず、廊下を照らすように撫でていく。風は、冷たいのか、生温いのか、よくわからなかった。

 

 忘れることはない。この記憶は大学一年生の時だ。夏休みの終わり頃だったから、季節は秋に差し掛かっていたと思う。窓枠の端っこに、小さな一番星がひっそりと輝いていた。

 

 そうだよ。ああいうふうになりかった。中学校の頃から、一番になりたかった。てっぺんから誰かを見下すような場所にいるだけでいい。家族旅行で浅草へ行ったとき、人生で初めてスカイツリーに登った。眼下に広がる景色は日本一の高さ。やはり、一番から見下ろす世界は、美しかった。

 

 性格が悪いことは、自分でもよくわかっている。当然だ。だって、他人を蹴落とさないと、性格がねじ曲がったあたしは、更に偏屈(へんくつ)な女になるのだから。てっぺんに立ったときだけ、あたしはあたしにも優しくなれるし、誰かにも優しくできる。そうしないと、あたしの世界は完成しない。

 

 大学という世界は、思った以上にレベルが高く、冷酷だった。あたしの一番は遥か遠くへ離れ去ってしまったのだ。見上げる窓からは、一番星はもう見えなくなっているのだろう。まるで、地の底から見上げる夜空の星。手を伸ばしても、手を伸ばしても、指の隙間には何も掴めない。

 

 この大学で建築学を学ぶためには、建築コースへ進まなくてはならなかった。その選抜は人数が多い場合、入学直後の期末試験――大学一年生の成績で決まる。

 

 要するに、あたしは選抜から弾かれた。

 

 

 

 ――人生に意味を持たせるには、何かしらの目標が無ければならない。でも、目標の途中で挫(くじ)けてしまうことは、長い人生の中でよくあることだ。仕方がない。新しい目標を見つけなさい。

 

 

 確か、父だったと思う。一級建築士の資格を取る。その夢が絶望的になったあたしに、こんな言葉をかけたのは。そうだ。建築学なんて、期待通りの学問ではない。

 

「課題。課題。課題。そればっかりで、つまらないよ」学食で一緒にランチをつまむ早苗は、毎日、寝不足の赤い目を擦(こす)っていた。「昨日も図面描いてて、徹夜だった。辞めればよかったなー、建築コース」

 

 他人がこぼす負の意見に憧れて、かき集めた。自分が目指したものは、つまらないものだった。あたしはおまじないのように言い聞かせた。その繰り返し。人生なんてそんなものと、いつからか投げ出すようになった。

 

 だけど、そうしているうちに、あたしは思った。負の感情と言うものは、勝ち組と負け組で比較にもならない。混ざり合うことで、化学反応を起こすのは負けた人間に対してだけ。早苗がどんなに愚痴の風呂敷を広げようとも、彼女の人生から見える世界は何も変わらない。だって彼女は、てっぺんからあたしを見下ろしながら、コロコロとピンポン玉のように舌の上から言葉を転がしているだけなのだから。その言葉には、負けた感情なんて少しも混ざっていないのだから。

 

「あぁ、午後からまた演習だよ。早苗の土木コースはどんな感じ?」

 

 早苗は愚痴を吐き出して軽くなった風呂敷を抱えるように、優しい微笑みを浮かべながら問いかけてくる。次の講義はなんだったっけ。あたしは時間割を取り出そうと鞄を掴んだ。

 

「ところであなたは、人生に勝っていたと思っていたの? 高々、十八年のちっぽけな時間の中で」

 

 スプーンやフォーク、ナイフの擦れる音が響くランチタイム。大学の学食はチープな電子音を奏でる、アマチュア楽団のよう。そんな音に混じって、あたしの声が地の底を這いずり回った気がした。 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 カメラが好きだった。

 

 大学進学祝いで、一眼レフカメラを父に買ってもらった。このカメラで、いつか異国の風景を撮り、自分の視野を広げる。そう思っていた。

 

 あたしは1997年、平成9年10月2日に生まれた。女優の杉咲花(すぎさきはな)と同じ誕生日。自分が生まれた年のことは全然覚えてない。消費税が5%に上がったり、失楽園って流行語大賞に選ばれたり、混沌とした時代だったんだな、と感想を言うことしかできない。けれど、ガウディの生きた時代が混沌としていたことは容易に想像できた。

 

 あたしだって、中世のルネサンス都市とか、絶対王政化で発達したバロック建築なんかに憧れた時期もあった。世界の歴史を学ぶことで、自分の記憶と過去の芸術を結ぼうとしていた。ガウディの生まれたカタルーニャと言えば、バルセロナオリンピックが開催された場所として有名だ。彼の建築物を挙げると、キリがない。サグラダ・ファミリア。聖テレサ学院。カルベット廷。今や、世界の風景をマウスのワンクリックで、いくらでもその作品を見ることが出来る時代。高校の頃には指に馴染んだ木の鉛筆を握り締めて、徹底的に模写した。

 

 そうしているうちに、なんだか違和感を覚えた。所詮は他人が作ったものを、他人が映し出しているだけのもの。貴重な価値を水で薄めているような感覚。地中海の乾いた風の香りは、鼻の奥をくすぐらない。オリーブやブドウの熟した果実に照らされる太陽の光は、瞳の奥に差し込まない。むき出しの石材から、カタロニア・ルネッサンスと呼ばれた激動時代の息吹を肌に感じることは、あたしにはできない。データを通じてしか見ることができない過去の芸術には、興味を持たなくなった。

 

 今、この瞬間の空気を切り取るのだ。あたしは机を手のひらで叩き、鉛筆をゴミ箱へ投げ捨てた。買ってもらったカメラを胸にぶら下げ、写真の質感に徹底的に拘った。

 

 幸い、北海道は景色が素晴らしかった。南の田舎から泥臭い荷物を抱えてやって来たあたしにとって、北国の広大な大地は新鮮だった。狭苦しくて高低差のある山奥に、無理やり積み木を押し込んで重ねたような棚田とは、まるで様相が違った。

 

 芸術に退屈しない街だった。ちょっと郊外に行けば、かの有名なイサム・ノグチが設計したモイレ沼公園。夏には芸術の森でジャズコンサートも開かれる。秋にはオータムフェストでグルメを堪能できる。大学に入りたての頃は、それこそ新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、キラキラと目を輝かせていた。憧れの北海道。憧れのキャンパスライフ。

 

 まさに「Boys(ボーイズ), be(ビー) ambitious(アンビシャス)」だ。

 

 建築意匠を学ぶと言うこともさることながら、あたしは美しい情景を追い求めた。ゆるい曲線美。点と点がつながり、線となり、大地をまたぐ。建築の醍醐味。それを切り取って、あたしの糧にしたかった。

 

 でも、それはわずか半年足らずで、瓦解(がかい)した。

 

「ねぇ、まち」早苗がある時、あたしの数えきれない写真データに圧倒されながら、呟いた。「この写真、何枚か、私にコピーさせてくれない? 演習に使えそう」

 

 お好きにどうぞ。

 

 買ってもらったカメラはいつしか、部屋の隅で埃を被っている。

 

 

 

「まち、チケットが手に入ったんだ。こういうの、興味ない?」

 

 大学二年生になって、バイトを始めて慣れてきた頃だった。同じバイトをしていて、同じ大学の先輩から誘われた。理学部の小石川という男だった。

 

 受け取ったチケットは、ペンダントというグループの演劇。男の人3人、女の人1人で構成されていた。社会風刺を喜劇に変える。そんな舞台。不思議なグループだった。特に、女の人が舞台に上がると、色とりどりの華が咲くように見えた。それが好きだった。まず、声が空間に美しく映える。凛と、清らかに。

 

 笑いは世界を救う。そんな言葉を流行らせたのは誰だったか。確かに、世界中の人間が笑いの渦に振り回されていたら、憎しみとか、嫉妬とか、そういう負の感情はどこかに吹き飛んでしまっているのだろう。

 

 彼の誘いで、演劇に興味を持つようになった。二人で演劇を見に行くことが多くなった。

 

「まち、俺と付き合ってくれない?」

 

 何回目の逢瀬(おうせ)だったか、定かではない。演劇の余韻に浸りながら、夜空に映えたビルの輝きを見つめていると、横からあたしの肩を抱こうとする小石川の顔が見えた。その顔はあたしを見下すような感情に染まっていた。

 

 あたしは演劇が好きになっていた。ただそれだけだった。彼がそれまで見ていたものは、一体、何だったのか。この人は、あたしの何に憧れたのだろうか。それは既に過去の出来事だ。

 

 せっかく綺麗な世界を切り取っても、横には皺くちゃになった別の世界が、無理やり誰かに貼り付けられる。綺麗な心に染まっていても、人間は負の感情を捨てて生きることはできない。どこかにしまい込むことはできても。それを引っ張り出してくるのは、いつだって他人なのだ。皮肉なものだ。

 

 大学四年生になって、研究が忙しくなった時には、演劇なんて見に行く余裕すらなくなった。小石川とも、特に男女の付き合いをすることもなく、淡々と卒業していった。

 

 

 

 インスト音楽が好きだ。

 

 最近のあたしは、大学院の講義を終えると、すぐに自宅へ戻る。学会が近いから、本当は自分の研究を取りまとめるために、都市計画の事例を集める必要があった。けれど、なんだか頭痛がしてくる。つまらない研究に、時間を割くのが億劫になった。

 

 部屋にあるパソコンを起ち上げる。北欧の白夜みたいなざわめきを持った静寂。ようやく音楽ソフトが起動される。

 

 ガシャン。クラッシュシンバルが弾ける音。ロータムとハイタムが交互に、タンタンと小気味の良いリズムを刻む。そこへゆったりと重なる音は、揺れるギターの弦。流れてくる歌詞のない曲。

 

 たまたま街のCDショップで視聴した。ドラム作曲家の良経正人(よしつねまさと)。この人が今、あたしの唯一の光。空間的な音楽を見つけることに拘った。彼はドラムの音とLEDランプの光を効果的に使った空間系ドラマ―を名乗っていた。

 

 あたしはそのインスト音楽に、勝手に歌詞をつけて鼻歌を口ずさんでいる。その時点で、インストではないけど、自分だけの音楽が創作できたような気がして、満足していた。今はそれが救い。

 

 ギターとドラムが鳴り響く。

 

 

 タン、タン、タン。タタタタタ、ガガシャン。

 ああ、ああ、ああ、素晴らしき人生かな。

 

 

 韻を踏むようだった。あたしは心のドラムに、ゆっくりと言葉のスティックを振り下ろす。心臓のリズムが一定になる。思考が夜の闇に沈んでいく。こうやってあたしは、もう一人の自分に子守歌を聞かせるように、世界の素晴らしさを問いかける。

 

 高校の頃に瞳を輝かせていた、無邪気な自分は、既に眠りについてしまった。今、ここにいるあたしは、夢を現実逃避へすり替えた、ただの人形だ。

 

 大学院に進学した理由なんて、特にない。就職を先延ばしにしたかっただけ。既に意味を持たない人生に、もう少し浸っていたいだけ。明日の希望なんて、ここにはない。

 

 

「……あなたの人生は……、退屈しないね」

 

 

 寝言のような小さな呻き声が聞こえた。

 

 そうか。こいつはきっと、あたしになれなかったあたしだ。大学院に進学して、ようやく理解した。

 

 思えば、二十二年間、長かったな。あたしという人格を見つけるまで。自分がこんなにもつまらない人間だと気づいた。まだこれからも、多くて三倍以上の人生が残っているのかと思うと、ぞっとする。

 

 理由ばかり探す人生。理由が国境のように張り出して、人生に対する目標を狭めていく。

 

 

 あたしは、あたしが生きていることを証明するために、生きているだけ。

 

 

↓前のお話へ。 

www.hinata-ma.com