言葉の煙霞

言葉は、無限の可能性を秘めている。

開度、50%。【プロット版】

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【2021年集英社オレンジ文庫応募予定作品】

 

※2021年1月10日〆切。

※400字詰め原稿用紙250枚以上400枚以内。目標は12万文字程度。

 

1月に非公開にします

 

 

【あらすじ 】

 

 

 物語のキャッチフレーズ。

 『世界を、壊せ。世界を、守れ。』

 

 

「私の武器って、一体、なに?」

 派遣職員の小早川紗希(こばやかわさき)はこの春、派遣制度三年目の壁を乗り越えることが出来ず、北海道の中堅ハウスメーカーから契約の更新を打ち切られた。

 新しく配属された会社は、建設コンサルタント会社、リバーコンサルタント。通称、リバコンと呼ばれる会社で、河川構造物の設計を担う部署だった。

 近年の地球温暖化による気候変動で、全国各地で激甚的な災害が多発していた。紗希の住む北海道でも例外はなく、ダムの再開発や河川の大規模工事が進み、リバコンはその仕事の一旦を抱えており、多忙を極めていた。

 紗希は派遣職員として働くのではなく、ブラザーシスター制度の一環として、新しい形態の職位が与えられた。

 その名もインクルージョン制度。

 昨今の建設業界における人手不足を解消するため、新卒問わず、積極的にあらゆる人材を育成・活用するリバコン独自の制度である。同じ部署の正社員である高久誠(たかひさまこと)とコンビを組むことで、正社員と同等以上の仕事をこなし、正社員の負荷を軽減させた成果に応じて、給与配分が行われる。また、同じプロジェクトに関わる高久の同期で他部署の北瀬良一(きたせりょういち)、本橋美野里(もとはしみのり)ともコンビを組み、様々な経験を得るような配置転換も行われる。

「既存の価値観なんて、ぶち壊していけ」

 会社と紗希の掲げる働き方改革が、周りの若者へ大きな影響を与えつつ、「自分の武器とは何か? 自分の価値とは何か?」を問い、難しいダム再生事業、迫りくる巨大な自然災害、地図に残る仕事を通じて、それぞれが成長していくお仕事ヒューマンストーリー。

 

 この物語で伝えたいこと。

『この世界を変えるのは、君だ。』

 

 

【開度、50%。目次】

  

 インクルージョン~プロローグ~

  1. ノー残業デー@チルドレン
  2. ノット・ワンデーレスポンス
  3. リモートワークvsハラスメント
  4. ワークライフ・インテグレーション

 インクルージョン2~エピローグ~

  

インクルージョン~プロローグ~】※プロット版

 

  

 予想通りの言葉だった。だけど、どうしてかわからないまま、目の前が霞がかったように、ぼやけていく。

 泣いちゃだめ。涙腺を閉じて。もう一人の私が目の奥で叫んでいる。

 同時に、子供の頃、父と見たどこかの景色が頭の中に広がっていく。こういう瞬間が、私にはたまにある。頭が、目の前の現実から背いて、逃げようとしているのか。それが私の防衛本能なのか。

 音が蘇り、カウントダウンが聞こえる。

 三……、二……、一……、

 私は首が痛くなるくらいに頭を上げる。ここは、山奥のどこかにあるダム。ごつごつした灰色のコンクリートの壁を、私の視線が駆け上がっていく。ほどなく、轟音が鳴り響いた。ようやく止めた視線の先から、大量の水が溢れ出す。いや、溢れているのではない。炭酸水が噴き出すように、勢いよく水が飛び出している。ダムのてっぺんにある巨大なゲートが開かれたのだ。

 どうして今更、この光景が思い出されるのだろう。父と二人で出かけた最初で最後の記憶だった。

 重力に従うまま流れ落ちてくる水が、コンクリートの壁にぶつかっては跳ね上がり、暴れ狂う巨大な蛇のように地面へ押し寄せ、激しい音を立てて砕け散る。砕けた水の欠片が、無数の霧になって私へ纏わりつき、全身を濡らした。視界がぼやける。

 そうか。このぼやけ具合。この瞬間と一緒なんだ。

 瞳に熱さを残したまま我に返る。私は無機質な会議室の真ん中に座っていることを思い出した。記憶の引き出しがぱたんと閉じたように、音が消える。

 窓から差し込む斜めの日差しが、テーブルの上に投げ出された手の甲を照らしている。熱を持ってじりじりと痛い。手の平は軽く汗ばんでいた。

 山の彼方へ吸い込まれそうな太陽が、この日最後の残り火を灯しているようだ。指のすぐ先は、線を引くように日陰となっていた。そこには冷たい空気を吸い込んだ一枚の書類が置かれていた。

 

『小早川紗希(こばやかわさき)。今年三月を持って、当社の派遣契約を終了とする』

 

 背中が痛む。少し姿勢を正す。肩まで伸びた髪の毛がふわりと揺れるのを感じた。

 そう。私は、派遣職員だ。

 北海道では知名度がある中堅ハウスメーカーで働いていた。三年を超えたら無期雇用に転換されるはず、だった。

「その……。言いづらいんだけどね」

 胃の奥から無理やり絞り出したような声が、冷たい空気をところてんのように押し出し、目の前の書類へ落ちてきた。テーブルを挟んで正面に座るのは、眉間に皺を寄せ、薄くなった頭を抱えた色黒の男性。年はかなり上に見える。

 あまり接点がなかったので、目の前にいる人の名前を思い出せない。確か、部長だったっけ。初めてこの会社に来た時に話をした以来だった。

「……更新は、無し。そういうことですか?」

 私は目の奥の涙腺を固く閉じ、なんとか涙をこらえた。でも、発した声は震えていた。奥歯を噛み締める。

「小早川さんの評判は、周りの正社員の人から、よく聞いているよ。誠実で、努力家で、向上心がある。でもねぇ。やっぱり、うちの会社では、一人の人間を新たに無期雇用するだけの体力がないんだ。三月が終わるまで残り一か月しかないけど、それまでこれまで通り、正社員のサポートを宜しく頼みます」

 その言葉に、みぞおちが鉛のように重くなる。こぶしを握りしめると、爪が手の平に食い込んだ。

 なんとなく、覚悟はしていた。

 昨今の不況の影響により、このハウスメーカーの売り上げは芳しくない。そんな噂を、周りにいた正社員が囁いていることは耳にしていた。

 派遣なんて、簡単に首を切られる。自分が選んだ道なのだから、十分にわかっていたはずだった。それなのに。

 ――悔しい。

 お腹の中で形のない何かが蛇のようにうごめく。そうか。私は、悔しいんだ。

 誠実さ。努力家。向上心。

 耳障りの良い言葉が耳元にぶら下がっている。私にとっては、ただの不協和音だ。アレルギーのようなもの。私の耳に無理やり入り込んできて、悔しさとなって、お腹の底へ燃え損ねた灰のように降り積もる。私の価値は、少しでも意識を変えたら手に入る言葉で、ホウキで掃くようにさっと片付けられていく。

 この三年間、ひたすらワードとエクセルの作業ばかりこなした。定時が近づくと、正社員の人に声をかける日々が続いた。

「何か、作業はありますか?」

 一日いっぱい丁寧に時間をかけて、何度も確認して作り上げた書類を胸に抱えながら、パソコンをのぞき込んだ。私が会社へ入ってからも、いつまでも変わらない、扱いづらそうな報告書の書式が見えた。

「この営業報告書。そろそろ体裁を変えた方が、効率よくないですか? 例えば、電子印を導入して、電子決済するとか」

「うーん。いや、ここは僕らの仕事だから」

 派遣職員が進言しても、通らない。正社員は残業し、私は定時に帰る。わかっている。そういう契約だもの。仕方がない。

 会社の愚痴はたくさん聞いた。

「営業終わった後に、内業だよ。人手全然足りない。誰か営業報告書、作ってくれてればいいのに」

 人手不足って、何?

「営業ができる即戦力の人間が欲しい。一から教えるの時間かかるんだよな」

 即戦力って、何?

「小早川さんはいいよね。正社員の補助が仕事だから、責任がなくて」

 責任って、何? 正社員の補助って、何?

 ――自分だけの武器を持て。

 父にはよく、言い聞かせられてきた。下から見上げるだけの人生ではダメだ。オンリーワンになれ。ダムはすべてがオーダーメイドで、それぞれ個性を持っている。そんな持論を、耳が痛くなるほど言われて育った。

 少しでもみんなの負担を減らしてあげたい。家の設計図を描けるようにと、CAD(キャド)を独学で学んだ。定時で帰った後、実費でセミナーに参加し、実技を学んだ。

 会社の役に立つことが、少しだけ増えた。でも、そこに称賛と昇給はなかった。今の時代、CADは使えて当然。そういう顔をする人も少なくなかった。

 私の武器って、一体、なに?

 三年間、この会社に勤めても、私の評価は小学校の通知表に書かれているような項目でしか評価されない。それが一番悔しかった。

 悔し涙を無理やり押し込めると、代わりに人間は記憶が飛ぶらしい。部長が何かを言っていた気がするけど、いつの間にか私は会議室から飛び出していた。契約満了と書かれた書類を強く握りしめる。今にも、破けそうだった。

 冷たい空気が廊下の向こうから流れてきて、頬をなでていく。窓から見える空は、既に暗い灰色へ染まりかかっていた。手の甲の熱はもう、なくなっていた。針を突き刺したような痛みだけが残っていた。

 大学を卒業して、既に六年が経った。私は、何か変わったのだろうか。私のような働き方では、自分の武器は持てない。そのことに気付いていながらも、いつの間にか、その答えを遠ざけていた。

 春に向けて日差しは暖かくなっているはずなのに、肌を通り過ぎていく風だけは、年を重ねるにつれてだんだんと冷たくなっている気がした。

 しわが寄ったワイシャツの袖で、涙のあとをぬぐう。

 この日からの一か月は、見えない涙を拭きとるように何も残らず、時間が散り散りとなって消え去っていくだけだった。悔しさでさえも、いつの間にか心のどこかへ埋もれていってしまった。