「知ってるか? 子供を三人産んだら、月に六万円もらえるかもしれないぞ」
金曜日、やや混雑した電車の中。つり革に掴まらず、扉に寄りかかっていてスマホで今日のニュースを読んでいると、高梨真一の耳にそんな声が届いた。視線だけちらりと横に向けると、30代後半だろうか、真一のすぐ傍の座席に2人のサラリーマンが並んで座って会話をしていた。どちらもスーツ姿で、真一と同世代に見えた。
真一は前にもどこかで見たことあるな、と思いつつ、2人の会話に耳を傾ける。
「見た。見たよ、そのニュース」手前の男が腕を組む。「思ったのは、結局、俺みたいな独身のやつらは税金の還元が全く受けられないってことなんだな。それがよくわかったよ」
「まぁ、でも、子供がいると、金がかかりすぎなんだよなー」奥に座る男が自嘲気味に笑う。「最近、また子供が新しく習い事始めてさ。プールに加えて、書道。掛け持ちだよ、掛け持ち。俺の晩酌がついに、二日に一回だけになりそうなんだよ」
「そりゃあ、悲惨だな」
「お前みたいに貯金ある奴は、どんどん子育て世代にお金を還元してくれよ。まじで生活がギリギリだ。少子化なんだから、子育て世代をもっと楽にさせないと、これからどんどん子供がいなくなるぞ」
「おいおい。俺がコツコツと、汗水流しながら貯めた金を、楽して搾取するつもりかよ。ただでさえ税金多いのに、やる気無くすだろ。ん? これ、前も言った気がするな。気のせいか」
「お前も合コンしまくって、さっさといい人見つけて結婚して、子供作ればいいだろ」
「だぁから。俺は独りがいいの。しかも俺みたいなおっさん、今更、誰が相手してくれるって言うんだよ。それに、子供が産まれて税金負担が減るならいいよ。新型コロナの影響でどんどん失業率が増えてるのに、税収が足りないからって、更に税金を搾り取ろうとしているんだろ? そんな中、子供が出来ても、無職になんかなった日には、税金の取り立てだけで首を括るっつーの」
「ははは。冗談に聞こえないから、逆に笑える」 でもさ、と奥に座る男が真顔になる。「この第三子に六万円。これ、結婚している家庭にとっては、少子化対策として、いい方向に行くんじゃねーの? みんな、子供を作ろうって思うんじゃねーの?」
「何言ってんだよ、お前。第一子や第二子を出産した奥さんが、三十代後半だったら? 四十代前半だったら? その人たちが、子供をまた産もうと思うのかよ? そもそもお前んとこだって、更に子供を作ろうと思うのか? お前が一番、よくわかってるだろ?」
「……。それを言われるとな……」
「そんなアラフォーは見捨てて、二十代の若手が産むんだ! なんてみんなが思ってるのなら、更に話にならないぞ。今の若者なんて、非正規が多くて、かつ低賃金だからな」
「最近は結婚しない若者も、更に増えてるしな」
「そうだよ。俺、思ったんだけどさ。解決策としては、独身世代の二十から三十、結婚願望のある四十代に月六万円を支給してやるしかない。もちろん、所得制限とかは考えなきゃいけないけどよ。6万円支給の政策は、一世帯で三人を産むことを推奨してるけど、仮に、甲乙丙の三家庭があったとしよう。甲だけが結婚。乙と丙は独身。甲だけが三子がいて、六万円が支給。よーく、考えてみろ? 八十年後、どうなる? 人類は途絶えました。そんなんじゃ、全然意味ねーだろ。じゃなくてよ。甲には二子がいます。乙丙には月に六万円が振り込まれ、結婚できました。乙丙には三子が産まれました。甲と乙丙の子供はやがて結婚。こっちのストーリーの方が、断然、よくないか?」
「うーん。まぁ確かにな」
「みんな、どうして考えないんだよって思うわ。どうして若者が独身のままなのか、ってことをさ。出会いがない? 本人の努力が足りない? 本当にそうなのかって俺はいつも思うわけだよ。どいつもこいつもさ、結婚することが普通の考えだと言う前提で、物事を語るなっつーの」
慣性力が働き、真一の身体がよろける。電車が駅のホームに到着したのだ。真一はスマホをスーツの胸ポケットにしまい込み、開いた扉から電車を降りた。
どうして若者が独身のままなのか。本人の努力が悪いのか。
二人の会話を盗み聞きしていた真一は、電車を降りた途端、どっと疲れが押し寄せてきた。仕事の疲れではない。この社会にまん延した普通の考えとは何か。それが不意にわからなくなったから。
電車のドアが閉まり、ゆっくりと進んでいく。さっきの二人組の口は、まだ言葉を紡いでいるようだ。時折、片方が頷き、片方が手を動かしながら語り合っている。
若者は車を買わなくなった。悟り世代だの、ミレニアル世代、Z世代、●●離れとか。何かと世代分けをされて、大人が考える普通の軸から外れた理由を、勝手に求められて、決められる風潮。そんな未来をこれから歩き始めようとする小さな子供たちは、果たして、夢のある未来を描くことができるのだろうか。
『稼ぐに追い付く貧乏なし』
そんな諺(ことわざ)があるが、稼いだ先にある未来や希望、夢がこんなに真っ暗で見通せないものならば、自分の欲望のみ正直になって生きていくことは、正しい判断なのかもしれない。
真一は大きくため息をつきながら、駅のホームを歩き始めた。
【本日のキーワード】
#第三子に六万円
#どうして若者が独身のままなのか
【本日の参考資料】
新型コロナ 児童手当「月6万円に」 第3子以降 衛藤少子化相発言
****以下、引用
衛藤晟一少子化担当相は21日の日本記者クラブでの講演で、中学生以下の子ども1人当たり月1万~1万5000円が支給されている児童手当に関し、第2子は3万円、第3子以降は6万円に引き上げるべきだとの考えを示した。新型コロナウイルスの流行でさらなる少子化が懸念されるとの認識を示した上での表明。「私がやりたいことを集計すると3・5兆円ぐらいかかる」と述べ、財源は固定資産税や相続税の増税、企業の内部留保を例示した。
「月6万円」は衛藤氏の持論。昨年9月の初入閣後は対外発信を控えつつ、安倍晋三首相らに水面下で働きかけを続けていた。講演で衛藤氏は「第2子からは月3万円、第3子以降は月6万円給付するぐらいの大胆な経済的支援策があってもいい」と語り、「世帯の収入によってメリハリがあってもよい」と所得制限にも言及。育児休業給付金に関し、取得前賃金の67%を支給する現行制度を、80%にまで拡充させるべきだとした。
また衛藤氏は「最新の統計で出生数は前年比マイナス2・4%、婚姻数はマイナス17・1%と深刻な状況だ」と指摘した。【堀和彦】
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男性22.3%・女性56.4%は非正規…就業者の正規・非正規社員率をグラフ化してみる(最新)
女性の比率が断然多いですが、男性も4人に1人が非正規という現実です。
2000年以降、若者に非正規労働者化が進み、賃金が低すぎて自立できないケースが増えてきました。
誰かが調査をしていますが、彼ら彼女らの結婚願望は必ずしも低いわけではなく、結婚の意思がある未婚者は9割です。
なぜ、日本人は結婚しなくなったのか?
『結婚しなくてもいい時代が到来した。』
このサイトに書いてあることもわからないでもないです。趣味の多様化やら、独りが気楽だとか。
昔と今じゃ、価値観違いますしね。
結婚すること、子供を産むことの二極化が大きくなっているのでしょう。資本主義の中で生きる以上、自由化と言うものが格差を生むことは、必然です。
「結婚しない人生もある」
この価値観を否定する気は全くないです。少子化している現実があるならば、その現実を受け止めて、その時代の価値観を持って、思考を転換していくべきだと、私は考えます。
人とのズレが大きくなることは、ストレスがたまる一方ですよ。
出生数90万人割れは「少母化」が最たる原因だ
この記事は前にも紹介しましたが、最後にある、
『子育て支援政策も大事であることは言うまでもありませんが、むしろそれは新しく子どもを産んでもらうためのものではなく、産まれてきた子どもたちを貧困や虐待という不幸なく健やかに育てるためのものであってほしいと思います。』
という言葉が、深く胸に突き刺さりました。
↓前に書いた似たような記事はこちら。