言葉の煙霞

言葉は、無限の可能性を秘めている。

理系コンストラクション【第2号 非破壊レーザーに死角なし⑤】

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 久々に更新します。

 9月中にキリよくこの第2話を終えたい……。

 この小説はきちんと完結したいと考えていますが、インフラって、語れば語るほど、物語の幅が広がってきて、書くのはなかなか難しいです。

 

 

2.非破壊レーザーに死角なし⑤

 

  

 豊曲川(とよくまかわ)の堤防には、大きな道路が走っている。それに並行して、河川敷にはサイクリングロードが整備されていた。東畑助教(ひがしはたじょきょう)が運転するミニバンは私たちを乗せ、川の流れに逆走して、中流へと向かっていた。

 車の窓には、北海道の初夏を彩る花弁(はなびら)たちが流れていく。桜が散った後に蕾(つぼみ)を開くのは、まだ朝露に濡れるのも慣れていない、柔らかな紫色を宿したツツジライラックだ。

 時折、河川敷に植えられた木々の間からは、ジンギスカン鍋を囲む若者のグループが見えた。後部座席に座る学部生が、その景色を見ながら「肉食いてぇ」とか「ビール飲みてぇ」などと、羨望(せんぼう)の声を漏らしていた。初花というものは綺麗に映るもので、新しい季節の産声にもう少し浸っていたいなと思っていたけれど、そんな気分を吹き飛ばすような声だった。

「さて、ここで問題です」私は感傷の念を振り払うように人差し指を立てながら、助手席から声をかけた。「堤防が決壊する三つの原因は、なんでしょうか?」

「葵(あおい)さん、なに突然、真面目な話してんすか」

 彼らの名前はそれぞれ高橋と溝内と言って、そのうちの伊達眼鏡をかけた高橋が、不満そうな声を上げる。突然、車の中で授業が始まるとは思ってもみなかったのだろう。

「この研究室ではね、この質問に答えられないと、破門なんだよ。東畑助教が厳しいんだから。ねぇ、先生」

「僕、そんなこと言ったっけ?」

 彼は頭をポリポリと片手で掻きながら、車のブレーキをゆっくりと踏み込む。少しばかりの慣性力を身体に感じながら、車が赤信号で止まる。

「えっと、越水、浸透。あと一個、なんだっけ?」

 と茶髪の溝内が指を折っている。

「あれだ。この前、土質力学の講義でやったじゃん? ダルシ―の法則と一緒に出てきてただろ」

「お、そうだ。思い出した。浸透だ」

「ちぇっ。なんだよ、正解だよ」

「なんで残念そうなんですか、葵先輩」

 いとも容易く二人が答えを言い当ててしまった。つまんないな。そう思いながら、腕を頭の後ろで組み、助手席のシートに深く座り込む。

「次は難しいぞー。解けない問題出すからなー」

「えー、葵先輩は俺たちを破門させたいんですかー」

「若いやつは、ちゃんとした知識を持たないとダメなんだよ」

 私が笑い声を飛ばしながら、次の問題をどうするか思案していると、

「葵」

 不意に鋭い声が聴こえた。一番後ろの席を独り占めして、文庫本を片手に黙っていた音絵だった。

「なによ」

 私は肩越しに視線を送る。音絵の瞳が真っ直ぐ、私の方へ向けられていた。

「葵の声。頭に入ると、脳細胞、死滅する気がする」

「どーゆー意味よっ!」

 学生たちがどっと笑い声を上げた。「琴葉先輩、最高っす」そんな溝内の声が聞こえた。

 私はため息をつきながら、前を向く。視界の端に大きな床止め工が見えた。水の流れで川の底が削れるのを防ぐ役割を持つ。流れ落ちる水の流れは穏やかだった。

 とめどなく流れる川を見ていると、少し昔のことが頭に浮かんでくる。

 私の大学院での専門は、『河川堤防点検の新技術に関する提案』という題目だ。要するに、堤防の維持管理――危険なところや弱いところをどうやって簡易に見つけるのか、そういう技術を研究している。

 土木工学は、音絵の得意とする構造力学を基本として、水理学土質力学の三本柱で成り立っている。そこからいろいろな学問へ派生していくのだけど、そのうちの水理学に興味を持った私は、四年生になってから、河川構造物研究室を希望した。近藤勇実(こんどういさみ)というどこかの新選組みたいな名前の教授が率いている。構造力学研究室の小菅仁(こすがじん)教授とは、昔から仲が良いらしい。

 この研究室では、隣で運転する東畑助教を始めとして、堤防に関する技術を研究していた。最近は、地球温暖化による気候変動の影響で、日本全国、数多の災害が多発しているから、希望する学生も多かった。

 平成二十八年八月。北海道でも未曽有(みぞう)の災害が襲った。三個の台風が三週間という短い期間で上陸するという、史上初めての現象が起きた。

 その頃、私と音絵はまだ、大学に入りたての一年生だった。授業で水理学の基礎を学んでいたばかりだったから、その現象の凄まじさがありありと感じられた。

 確かに雨が異様に多い夏だった。夏休み中にたまたま、音絵と二人でお昼ご飯を食べようと待ち合わせしていたけれど、その時も傘を片手に握り締めていたと思う。大学の食堂で富良野(ふらの)の堤防が決壊したと叫んでいるニュースを見ながら、私はぶるりと肩を震わせていたのを覚えている。

「平成二十七年」そんなときでさえ、音絵だけは冷静だった。「鬼怒川(きぬがわ)、決壊。その頃から、日本の水防、意識が高まっている」

「水防の意識?」

 テレビの中では、泥混じりの濁流に囲まれた家の屋根から、大きなヘリコプターで救助される老人の映像が流れていた。

「うん」音絵はテレビを見つめながら、続ける。「ハード対策、から、ソフト対策。住民の意識、転換」

 やけに詳しいな、と私はそのとき眉をひそめていた。ハード対策とか、ソフト対策とか、言葉はなんとなく知っていたけど、その違いを明確に説明できるほどの知識はまだなかった。

「これ」音絵がスマホの画面を私に向ける。「国土交通省のページ」

 いろいろな新着情報がずらりと並んだサイトだった。トピックスや新着情報などというタイトルの下に、見慣れない言葉が並んだタイトルの記事が画面の中に埋め尽くされていた。

「……もしかして、音絵、これ、全部チェックしているの?」

「うん」

 ホームページの一番上には、『水防災意識社会 再構築ビジョン』というタイトルの記事がアップされていた。

「日本、まだまだ、治水計画、発展途上……」スマホを握り締めたまま、音絵が目を細める。

「そう、なんだ」

 まだ大学に入ったばかりだと言うのに、音絵は、社会インフラの何たるかを知っているような表情だった。

 私は再び、テレビに視線を向けていた。映像は広大な畑の中に、大量の泥水が流れ込んでいく様子に切り替わっていた。三つの台風が襲来したのは、八月の終わり頃だった。まもなく収穫を迎えるはずだった野菜たちは、一体、どうなってしまうのだろうかと、私はぼんやりと考えていた。

 堤防の決壊は、そこに住む人々の生活に大きな影響を与える。社会インフラは、街と人を守るべきもの。ダムも、堤防も、水害から人間や財産を守っている。高校の頃に付き合っていた彼氏も、よく言っていたことだった。その言葉と災害の恐ろしさを思い出しながら、私は土木工学を少しずつ学んでいった。

 今思えば、あの出来事は、北海道の人たちの意識を変えただけでなく、私が大学で何を学ぶべきなのか、そういう姿勢が芽生えた瞬間だったのかもしれない。

 非破壊レーザーの研究に興味を持ったきっかけも、音絵の一言だった。

「葵。堤防の研究、どう?」ある日の授業終わり、音絵が一枚の論文を片手に、私へ声をかけてきた。「新技術、非破壊レーザー、というのがある」

「非破壊レーザー?」

 それまで、テニスでも、学校生活の中でも、破壊的なレーザーしか打ってこなかった私は、音絵の言葉にときめきを感じた。受け取った論文を読むと、その新技術は堤防を全く壊すことなく、内部の弱い部分を覗き込めるというものだった。

 まさに、これだ!

 私は目を輝かせた。

 それを境に、水理学という大きな学問の括りから、堤防の維持管理について、私は興味を移した。いや、興味の深化と言えばいいのか。同時に、河川工学の技術者として何ができるのか。私はなんとなく自分の将来を描いて、どういう仕事をしたいのか、それを深く考えるようになった。

「音絵は、水理学系の研究室には、行かないの?」

 どうせなら音絵と一緒に同じ研究をしたいな。私はこっそりと、胸の内にそんな考えを秘めていた。けれども、音絵は苦笑いを噛み締めながら、首を横に小さく振った。曰(いわ)く、「水理学、ちょっと、苦手」とのこと。

 その後、音絵が大学の教務課で印刷した成績表をこっそりと覗き見たことがあった。優の評価がずらりと並んだのを見て、私は頭の芯が痺れてクラクラしたことを覚えている。涼しい顔をして、大学の最高評価を根こそぎ掴み取る彼女の頭の良さは、他に頭が良い学生と比較しても、次元がまるで違っていた。私なんかはとても、比肩(ひけん)するに値しない。

 だから、たまに考えてしまう。馬鹿らしいと笑われるに決まっているけれど、琴葉音絵という人物こそが、地球外からやってきた天女(てんにょ)のような存在なのかもしれないと。

 車のルームミラーから、こっそりと後部座席を伺う。彼女はまた、黙々と文庫本を読みふけっている。ここからでは、どんな本を読んでいるのかはわからない。

 私は今まで、彼女の頭の中で構築された世界を最大限に享受しているけれど、逆に、私という存在が彼女へ何かを分け与えているかと聞かれると、わからなくなってしまう瞬間がある。

 そして、そのことを考えてしまう自分が、なんだか、悲しいと感じている。

 

 

【参考資料】

 

 

 平成27年9月、関東・東北豪雨災害では、鬼怒川において堤防が決壊し、広範囲に被害が生じました。この災害を機に、多数の逃げ遅れによる孤立者が発生したため、「施設の能力には限界があり、施設では防ぎきれない大洪水は必ず発生するもの」という意識への転換が図られました。

 これがこの話の中に出てきた、「水防災意識社会の再構築」です。

 翌年、この意識の転換期とも言える時期に、北海道でも激甚的災害が発生します。この災害は、観測史上初めて三つの台風が北海道に上陸し、連続する豪雨によって、水が引かないうちに洪水が繰り返し発生して、各地で甚大な被害が発生しました。

 北海道のジャガイモ畑が被災したことで、日本のポテトチップスが品薄になったことは記憶に残っていると思います。

 いずれの災害でも言えることは、水害のリスクを国民全員が把握して、水害を「我がこと」として捉え、自ら対処する意識を構築する必要があります。

 

 

 水防災意識社会 再構築ビジョン

www.mlit.go.jp

 

 平成28年8月北海道大雨激甚災害を踏まえた今後の水防災対策のあり方 
www.hkd.mlit.go.jp

 

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