――あなたが置き忘れた気持ちは、なんですか?
2,000文字の短編ですよ。5分で読めますよ。
昔、アップしてたものを、タイトルと中身を少し改稿して、ここでもアップします。
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「郵便です」
無愛想な表情をした郵便配達の男が、今日もやってきた。
僕はいつも通り一通の小さな手紙を受け取った。いつも通り差出人は書いていない。
僕に手紙を渡すと、郵便配達の男はすぐ、バイクにまたがった。
「あの……。いつも差出人のわからない手紙が僕に届くんですが、これは一体何なんでしょうか?」
手紙を配達してくれた男は、首を傾げる。
「えー、私はしがない一人の郵便配達員ですので。差出人様の意図までは、わかりかねますが……」
「でも、これ、宛先も書いてないじゃないですか。どうして僕のところへ、毎日のように届くんですか?」
「私は、とある人に、この手紙を、この場所に、必ず届けるように言われてるだけですので……」
それだけ言うと、郵便配達の男はバイクのエンジンをかけ、そのまま去っていた。
バイクがまき散らした砂埃と共に、僕はやり場のない溜息をつくと、部屋へと戻った。
今まで届いた差出人不明の手紙は全て、気味が悪かったので、封も開けずにそのままにしていた。
最近、仕事もプライベートもうまくいってなかった。かと言って、愚痴をこぼせる友人も近くにいなかった僕は、こうしてわけがわからない手紙を毎日のように受け取っていたので、だんだんと苛々が募っていた。
「なんなんだよ、一体」
僕はついに、今まで一通も開けていなかった、誰が書いたかもわからぬ手紙を開封した。
「毎日、誰がこんな手紙を送ってくるんだよ」
中身を乱暴に取り出す。小さな封筒が入っていた。
その封筒には、なぜか宛先も差出人も書かれていた。
「……え?」
それらを目にした僕は、驚いた。
宛先は、会社の先輩。差出人は、僕の名前だったからだ。
「これは一体……?」
僕は気になって、他の手紙も開封した。
宛先は、様々だった。
自分の母親の名前。
今は外国で仕事している自分の兄の名前。
喧嘩してしまい疎遠になった親友の名前。
昔付き合っていた恋人の名前。
書かれてる名前は、全て、僕の知ってる人ばかりだった。
そして、差出人は全て僕だった。
「どうして……?」
僕は宛先が会社の先輩の封筒を開けてみた。
中には便箋が入っていた。
僕はそれを取り出し、中身を読んでみた。
そこには、先輩に対する仕事への不満や、仕事の中で自分のやりたいことなどが、つらつらと並べられ、しかも、的確に書かれていた。
僕は他の封筒もすぐに開け、便箋を読んでみた。
ある便箋には、母へ照れくさくて言えなかった温かい感謝の言葉があふれていた。
ある便箋には、兄へ絶対、口に出して言えないような心配の言葉が次から次へと飛び出していた。
ある便箋には、喧嘩した親友へ、意地になって言えなかった謝罪の言葉が不器用なりに並べられていた。
ある便箋には、昔の恋人へ、どうしても伝えることが出来なかった自分の気持ちがありありと綴られていた。
僕の文字で、僕の言葉で、僕の伝えたかった想いや気持ちが、そこには詰まっていた。
どの手紙も嘘も偽りもなく、全て、僕がいつか思ったこと、いつか考えたことだった。
僕はその手紙を一枚一枚、夜が更けても、じっくりと読んでいた。
「郵便です」
いつも通り、次の日も手紙が配達されてきた。
「おや。手紙を読まれましたか」
「はい」
「手紙は、その人の想いや気持ちを文字で代弁するものです。たとえ不器用でも、それを伝えることが出来ない手紙というものは、この世には存在しません。あなたは、知らず知らずのうちに、自分の伝えたいことを、どこかに置き忘れていませんでしたか?」
郵便配達の男は、いつもの無愛想な表情で、淡々と僕に言った。
「私は、その伝えたいことを、あなたに届けることが仕事だったんです。あなたが正直者で、素直な方で助かりました。おかげで私も、手紙を届けることを迷わずにすみましたよ。そして……」
郵便配達の男は、鞄の中から、一通の手紙を取り出した。
「これが、最後の手紙になります」
僕に手紙を渡すと、いつもどおり、郵便配達の男はすぐにバイクにまたがった。
「あの……。あなたは一体?」
「ただの、しがない郵便配達員ですよ。では……」
それだけ言うと、郵便配達の男はにやりと笑みを溢し、バイクのエンジンをかけ、そのまま去っていた。
バイクが巻き上げた砂埃の中、僕はすぐに受け取った手紙を開けてみた。
中身は、宛先も何も書いてない封筒に、真っ白な便箋が入ってるだけだった。
――手紙は、その人の想いや気持ちを代弁するもの――
――どこかに置き忘れていませんでしたか?――
郵便配達の男の言葉が、頭の中によみがえった。
僕はもう二度と、伝えたいことをどこかに置き忘れたりはしないだろう。
なんとなく、そう思った。