言葉の煙霞

言葉は、無限の可能性を秘めている。

理系コンストラクション【第2号 非破壊レーザーに死角なし②】

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2.非破壊レーザーに死角なし②

  

 

 私は昔から、何でもすぐに破壊してしまう女だった。

 中学校の頃、付けられたあだ名がデストロイアゴジラ好きの男子が最初にそう呼び始めたことがキッカケだった。なんだよ、ゴジラって。家に帰ってインターネットで調べてみると、二十年前以上も前の古い映画がヒットした。こんな古い映画まで見ている同級生の方が凄いなと驚いたのを覚えている。

 デストロイア。ネットの検索で出てきた画像は、見た目が凶悪で、怪人そのものだった。破壊をもじった名前に「あぁ、確かに、私もそうかもしれない」と特に怒りを感じることもなく、そのあだ名を受け入れていた。

 かえって、清々しかった。私が手に持つ鉛筆はすぐ芯の先が折れ、私に近づくものはたんこぶや擦り傷を作る。それらを説明しなくてもわかるような価値が、私に付与されたのだ。周りの男子はよく私を笑った。

「おい、葵(あおい)に物を持たせるなよ。すぐ壊すからな」

「あいつ、女のくせに、乱暴だからな。近づくと怪我するぜ」

 上等、上等。何なら私から近づいて、お前らの傷を更に広げてやるよ。なんて豪快に笑いながら、同級生の男子どもを追っかけ回していた。

 そんな感じで、中学校、高校と、私は文字通り、怪獣のように邁進していた。女子にはよくモテた。いろんな意味で。

 ずっと続けていたテニスのスイングは、破壊的と叫ばれた。放たれたボールは大きな弧を描きながら、コートの中を暴れまわる。でも、そんな力押しが通用するのは精々、地区大会までだった。全道大会となると、繊細な技術力を持つ選手が次から次へと私に立ちはだかり、破壊力のあるサーブやストロークは全く通用しない。通用しても、最初の一撃目、二撃目だけだった。

 六年もテニスを続けて、結局、一度も全国大会への切符は手にすることができなかった。それでも、同世代の人間には「吉岡葵のサーブは、破壊レーザー」と評価され、怖れられたことは少しだけ誇りに思っている。

 部活を引退して、頭を勉強モードに切り替えた。大学には行こうと考えていた。少しだけ大人しくなった私には、タイミングが良いのか、悪いのか、とうとう彼氏ができた。高校三年生の夏の終わりだった。制服に身を包んだ青春群像劇の幕が、ギリギリ閉じかける前。クラスでは目立たない、大人しい人だったけど、なんでもすぐ壊してしまう私のことを、そっと包み込むように、大切に扱ってくれる人だった。

 彼と付き合い始めてから、私の物を壊す頻度が減った。

「葵。物は大切にするんだよ」

 一緒に受験勉強をしていると、彼はボールペンを指先で回しながら、優しい笑顔で、私に囁くような声で話しかけてきた。私は筆圧が強いので、ボールペンをすぐダメにしてしまう。

サステナブル――持続性の確保さ。環境問題で、流行っているだろう?」

 新しい横文字の価値観についても、丁寧な口調で教えてくれた。私にとって、そんな考え方は少し窮屈だった。だけど、いつも脇目もふらず走ってばかりいた毎日にブレーキがかかり、うまくバランスが取れていたように感じた。彼との会話はくすぐったけれど、不思議と心地が良かった。

「土木工学もね、SDGs(エスディージィーズ)の考えに則っているんだよ。日本は今、地球温暖化による未曽有の災害から、街や人間を守らなければならない。生産活動の持続性。ストック効果の最大化。だから僕は、大学で土木工学を学びたい」

 なるほど。今まで街をただ破壊するだけだった怪獣でも、災害から街を守り、街を作っていくことが出来るかもしれない。私の大雑把な性格でも、その力を余すことなく人のために注ぐことができるかもしれないと気が付いた瞬間だった。

 同じ大学の工学部へ行こう。そんなふうに励まし合い、切磋琢磨しているうちに、冬の足音が近づいてきた。テニスで日焼けした黒い肌が、すっかり雪のように白くなり始めた頃だった。

「葵って、なんであんな冴えない男と付き合ってるの?」

 唐突に同じクラスの友人からそんなことを言われた。彼女は綺麗で色めいていて、彼氏にはまるで不自由しないような、恋愛のリア充だった。

「え?」

 あんな冴えない奴。何気ない一言だったけど、私は少なからず、ショックを受けた。

「一緒にいて、楽しいから……。私の知らないことも、優しく教えてくれるし」

 私は平然を装ったまま、苦笑いをこぼした。

「そうなの? 葵なら、もっと活発な男と付き合った方が、素の自分を出せて、いいんじゃないかなって思うけど。あんな男、葵に似合わないよ。葵を元気に励ましてくれる人じゃないと、見てるこっちがつらくなるよ」

 その言葉に何も返せなかった。今の私は、素の自分ではないのか? 似合いのカップルとは、他人が決めるのか? 私はつらいなんて、心の中で微塵も感じていなかったから。

「だって葵はさ、元気だけが取り柄だったのに、最近、元気ないじゃん?」友人が笑っている。「最近はたまに、無理して笑ってる感じがするんだよね。私たちの会話なんて、上の空だし。受験勉強に疲れているんじゃないの? ほらほら、いつもの破壊ビームはどうした。叫んでみなよ。そうだ。たまにはさ、みんなでカラオケに行かない? ストレス解消。息抜きも、たまには必要だよ」

 嫌悪感。私はそれ上、友人と話をしたくなかった。当然、カラオケにも行かなかった。なんだか、友人がひどく、子供っぽく見えたから。私よりも先に、しかもたくさんの恋愛しているくせに、自分とは違う価値観を得るような男の人とは付き合ってこなかったのだろうか。

 ――葵は、気弱な男を弄んでいる。

 そんな噂が広まったのは、初雪が降った頃だった。

 彼が突然、私を遠ざけるようになった。理由もわからず、今日も一緒に勉強しようと話しかけると、彼は私と視線を合わせようとせず、悔しそうに呟いた。

「ごめん。僕なんかと付き合ってしまったから、変な噂が立って、葵を傷つけてしまった。もう、別れよう」

 どうして……?

 私は別に傷ついていない。自分が傷つくことには慣れている。いつでも、笑い飛ばしてきたはずだった。

 だから、いつも通り、笑って。笑うんだよ、葵。私は大丈夫。別れるなんて、嫌だ。

 そう自分に言い聞かせていたら、なぜだか目の奥が熱くなって、涙が零れていた。自分がどんなに馬鹿にされても、テニスの試合に負けても、涙なんて出ることはなかったのに。理由もわからず、生まれて初めて私は泣いてしまった。

 彼も一緒になって涙を流していた。彼はもう、受験勉強どころじゃなかった。私を傷つけてしまったいう勝手な罪の意識を両手に抱えきれなくなった彼は、年明けのセンター試験に失敗したらしい。滑り止めだった、私とは別の地方大学を二次試験で受けていた。

 皮肉にも、私は志望大学に合格した。

 合格発表は、独りで見に行った。頬を突き刺すような、雨混じりの冷たい雪が降っていた。

 行きたかった大学に合格したことは、嬉しくもなんともなかった。私を大切にしてくれた人は、もう隣にいなかった。

 別にいいじゃないか。これまでも独りで傷を抱えてきただろう。もうすぐ雪もとけて、春がやってくるじゃないか。そう言い聞かせないと、私は笑うことができなかった。

 湿った雪が肩に落ちてくる。私の涙の代わりに。でも、すぐにとけてコートに染み渡っていく。私の悲しみがこぼれる間もなく。

 そうか。そうなんだ。私は形になっている物だけではなく、目に見えない誰かの心も壊してしまうのか。

 こんな私にとって、繊細という言葉は、驚異そのものなのだ。繊細な雪。繊細な技術。繊細な心。繊細な高校生。繊細な自分……。

 この世界に存在する全てのものは、いつか必ず壊れる。単なる時間の違い。早いか、遅いか。多分、私の周りに集まってくるものは、時間の経過が早くて、老化していく。ひびが入って、脆くなる。

 物を壊す人間は、性格もドライで、大雑把で、明るい性格であると勝手に思い込まれる。私の心の声を聞けない人間が、私の性格を勝手に塗り替えて、踏みにじって、私から大切なものを奪ってゆく。

 友情は不変だとか、愛情は決してなくならないだとか、そんな綺麗ごとは私にとって、世迷いごとだった。私は別に、誰かに大切なものとして扱ってもらわなくてもいい。結局、友情も愛情も、いつかは壊れるのだ。

 だけど、今は誰かがそばにいて欲しかった。これまで物を散々壊し続けてきた自分自身が、一番壊れやすいものだったことに、ようやく気が付いた。冬の終わりに訪れる唐突な寂しさは、春の始まりをなんとなく想像するだけの笑顔なんかじゃ、誤魔化せやしない。

 あぁ。私にも壊れない大切な宝物が欲しい。壊れないもの。永遠なるものに。不変なるもの。そんな言葉に私は焦がれるようになった。デストロイアなんてもう、はるか昔の話だ。映画の中から飛び出してこないで、古いフィルムの中だけで眠っていたいと思っているはずだ。

 壊すことに、疲れた。これからは、目の前の何かを大切にしながら、生きていきたい。

 雪がとけて濡れた受験票を握りしめたまま、私はいつまでも、冷たいみぞれに身を任せて立ち尽くしていた。変わらないものを欲するくせに、私は変わりたいと願っていた。

 そんな心の矛盾を抱えたまま、四月を迎え、大学生になった。

『少年よ、大志を抱け』

 広大な大学キャンパスの中に佇む銅像

 新入生が行き交う道の片隅で、初めてそれを見たとき、私は「はっ」と鼻で笑った。少年って。私たちは既に、いろんな傷を負った立派な大人だよ。子供扱いしやがって。しかも、どうせなら少女を入れろよ。世の中は今、よくわからないフェミニズムを気取って、男女平等を謳(うた)っているんじゃないのかよ。

 おまけに、俺に黙ってついて来いみたいな感じのポーズまで決めちゃって。女だって先陣を切って、私について来いと言ってもいいじゃないか。

 肩にかけた新しいトートバッグを握りしめながら、私は軽く首を振る。

 でも、私にそんなことを言う資格はない。矛盾を抱えたまま、今まで培った自分の価値観を押し隠して、これからの人生はひっそりと過ごしていこう。そう決めたから。もう誰も傷つけたくない。壊したくない。特に、私を大切にしてくれる人は。

 大学へ無事に入学したし、気分一新。私は見た目も性格も、少しだけ大人っぽくなろうと思っていた。ちょっと遅い、高校デビューのようなもの。テニスをするために短く切り揃えていた髪を伸ばして、今まで全くしてこなかった化粧を勉強して、みんなが口を揃えて憧れる女子力なるものも手に入れて、体育会系で爽やかな彼氏でも作ろうか。

 そんなふうに思っていた時だった。琴葉音絵に出会ったのは。

 窮屈なスーツに身を包み、固い椅子に座りながら、入学式のつまらない演説を聞いていた。どこかで聞いたことのある説教じみた先生たちのお話。若者の未来は希望に溢れていると、安易に希望を持たせるようなお話。

 私はあくびを噛み殺し、重い瞼を精一杯開きながら、背中を丸めながら腕を組んでいた。

 式次第が進み、新入生代表の挨拶になった。あぁ、大学にもあるのか。入学試験で抜群の成績を誇った学生に権限が与えられる特別な挨拶。

 どれどれ、どんな奴だ。私はその秀才様を拝んでやろうと、背筋を伸ばした。

「新入生代表。琴葉音絵」

「はい」

 その返事が耳に届いた瞬間、私の世界から音が消えた。

 私の壊れかけた煩悩を、すべて綺麗にかき集めて、取り払うような声だった。広い体育館の中に、由緒あるお寺の鐘の音が響き渡ったようだった。

 一人の女性が立ちあがる。肩まで伸びた後ろ髪がふわりと舞う。パーマをかけているのか、軽くウェーブしていた。陽の光を浴びると、髪の毛一本一本まで美しく透き通る黒い髪。指どおりが良さそうだった。壇へ上がる時に横顔が見えた。美しい輪郭だった。薄い色の口紅が塗られた小さな唇は、決意の炎を胸に込めたことを誰にも気づかせないように固く結ばれている。瞳が大きく、真っ直ぐなまなざしをこちらへ向けながら、壇の中央に立ち、胸を張って、一礼する。仕草一つ一つに、品を感じた。育ちの良さを感じる。皺ひとつないスーツは、彼女の身体にぴったりと合っていて、仕事ができる新社会人のようにも見えた。まさに、女性の鏡という存在を絵に描いたような人だった。

 ――巫女?

 神々しさすらも感じた。お寺の中なのに、神社の巫女と遭遇したような感覚。そんなふうに錯覚するほど、これまでに私が出会ったことのないタイプの女性だった。

「初めまして。琴葉音絵です」学生を見渡し、彼女は高くて、凛とした言葉を発する。「私の言いたいことは、ただ、一つだけ」

 一つだけという言葉に合わせて、彼女は人差し指を立てた。その堂々とした佇まいはまるで、一国の大統領スピーチのように見えた。

「Boys(ボーイズ), be(ビー) ambitious(アンビシャス)」下手な英語の先生よりも流暢(りゅうちょう)な英語が、体育館に響き渡った。「この言葉に、&(アンド) Girls(ガールズ)。この単語を、私が卒業するときには、是非追加してもらえるような。そんな大学生活を送ることを、宣言します」

 私は思わず瞼(まぶた)を見開いた。声に抑揚がなくて、妙なしゃべり方をする人だなと思ったけど、そんな些細なことは、どうでもよかった。

「子供の頃から、疑問に、思っていました」彼女は一つ一つの単語を区切る独特のしゃべり方で、スピーチを続ける。「この言葉は、少年限定なのか? 少年とは、若者なのか? 少女は、大志を、抱いてはいけないのか? どうして、疑問を、誰も発しないのか? 時として人は、これまでの価値観を、壊すことが、必要です。曖昧さを、払拭(ふっしょく)。情報の入手。伝達。確認。思考。そして、行動。これが、私がこの大学へ、やってきた理由です。以上」

 その言葉の意図が、私は瞬時に理解できた。言いたいことが見事に端的に、集約されていた。この人はぶち壊したいのだ。これまでの価値観を。

 だから、私は直感した。

 

 ――この人だけは、絶対に、壊してはいけない。

 

 泣かせたら承知しないとか、心を傷つけるなとか、そういう単純な話ではない。

佇まいに桜のような儚い憂いを覚えるとか、感情がガラスのように脆くて壊れやすいとか、そういう次元の話でもない。

 なんというか、言葉では言い表せられないほどの悲しみや切なさを、彼女のすべてから読み取れたのだ。私はその時、琴葉音絵という人物を全く知らなかったけど、この人は人の痛みを知っている人間であると確信していた。

 それまで十八年間、常に、何かを壊し続けてきた私が言うのだから、間違いない。この人物の心を壊すことは、私の人生にとっても、最大の喪失になるのだと。

 私は決意した。

 彼女は、私の壊れない宝物になり得る唯一の素材であり、彼女の価値を高めていくことが、私の大学生活の目標であるのだと。

 

 

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 なかなか非破壊レーザーが出てこないな……。

 

 こんな話を書いていると、「理系女子って、変な人ばっかりなの?」と思われるかもしれない。私が出会った理系女子は、ほぼ変な人(馬鹿にはしていない)ばかりでしたけど、真面目ないい子もいましたよ。

  

 ちなみに断っておきますが、このお話は『北海道の国立大学』を舞台にしたフィクションです。

 某大学敷地内に「どこかへ指を向けたクラークなんて像ないぞ!」と仰る方は、さっぽろ羊ケ丘展望台へ出かけてね☆

 私は行ったことないけど(笑)

 

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