言葉の煙霞

言葉は、無限の可能性を秘めている。

☆011.新型コロナ収束後の家庭は嵐である

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 我が家の朝は、戦場である。

 ご飯食べた? 歯磨きは? 顔洗った? ハンカチとティッシュ持った? マスクつけて! 体温も測ってね!

 高梨真一(たかなししんいち)はキッチンで朝食の洗い物をしながら、妻・結子(ゆうこ)が発する怒涛の言葉を聞いていた。

「カバン、持ったの?」と結子が長女・陽乃(はるの)に尋ねると、

「カバンじゃないよ、ランドセルでーす」と生意気そうな口を利いている。

 おいおい、お母さんの感情を逆撫でするようなことを言うんじゃない。と真一が顔を上げた時には遅かった。結子は鬼の形相になり、陽乃を睨み付けていた。

 真一はやれやれとため息をつきながら、水を止め、手を拭いた。我関せずと言った具合で、幼稚園の帽子を被りながら歯ブラシを動かしていた長男・太陽の仕上げ磨きをする。

 真一の在宅勤務は、継続していた。六月いっぱいまでだ。バスと地下鉄を乗り継ぎ、約一時間かけていた会社への通勤が無くなったので、この時間は家事を少しでも手伝うことにしていた。

 緊急事態宣言が解除され、小学校も幼稚園も通常へ戻りつつあった。通常の生活までは程遠いが、少しずつ、日常に戻っている気がする。

 バタバタと足音を廊下に響かせながら、小さな顔に不釣り合いなマスクをつけた陽乃と太陽は、結子に引っ張られるようにして玄関へ向かう。「行ってきまーす」の声が、扉が開く音と共に耳へ届く。家の中が急に静まった。嵐が過ぎ去ったようだ。

 真一は安物のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れ、自室へ向かう。時計の針は午前九時をさした。在宅勤務を開始する。結子は太陽を幼稚園バスへ乗せ、陽乃が小学校へ向かったのを見送り、近くのお母さんたちと井戸端会議をしているのだろう。家にまだ戻ってこない。

 九時半からテレビ会議だった。今後の予定について出向先の上司と話をする。テレビ会議が終わる。小さなノートパソコンで資料を作る。ワードとエクセルを一つのモニターで表示しなければいけないので、ひどく効率が悪い。おまけに会社サーバーへの接続はVPNなので、データのやり取りが重かった。

 自宅の椅子は、簡素なものだ。固くて、腰が痛くなりそうだ。午後からまた、テレビ会議の予定になった。

 窓の外に視線を向けると、快晴だ。六月だと言うのに、今日は真夏日になりそうな天気らしい。閉め切った六畳の部屋に熱気が籠ってくる。

 真一の仕事は、在宅勤務になったものの、コロナの影響をそれほど受けることなく進めることができた。と言うか、会社へ行く必要があまり無かった。会社サーバーへの接続が重いことを抜きにすれば、効率はさほど変わらない。

「なんで今まで在宅勤務が進まなかったのだろうか……」

 ぽつりと呟く。新型コロナウイルスが収束したあとの働き方は、どうなるのだろうか。変わるのか、変わらないのか。

 この三ヶ月余りで、世界は大きく変わった。日本も何かに流されるまま、大きく変わった。休憩のつもりで、インターネットのニュースを読む。日本の失業率が6%を突破するかもしれないと言う記事が目に飛び込んできた。アメリカは失業率が15%近くまで上昇したらしいので、それと比べると日本は大したことがないのかもしれない。ただ、アメリカにはレイオフ制度があるから、簡単に人を解雇できると真一は聞いたことがあった。これに対して、日本は解雇規制が厳しいので、簡単に人を解雇できない。

 だからこそ、就職氷河期の時は、人を解雇しない代わりに、新人の採用を極限まで絞った。犠牲になったのは、当時の若者だ。今回の新型コロナウイルスの影響で、再び日本が同じ過ちを繰り返さないかどうか、真一は不安に思った。

「人がいないといつも嘆いているのだから、それはさすがに無いよな……」

 真一はニュースを閉じ、再び資料作成に向かった。汗が額から流れてきた。そろそろ限界だったので、部屋の窓を開ける。初夏にしては強すぎる日差しが、生温い空気と一緒に部屋へ飛び込んできた。部屋の空気が更に温度を上げ、真一は顔をしかめた。

 一瞬、どこからかカレーの香りが漂ってきた。最近、街のどこかのスープカレー屋がつぶれたという噂を聞いた。真一の両親は地元で昔ながらのルーカレー屋を営んでいた。今回の騒動でも何とか持ちこたえているらしいが、危ないという話をちらっと聞いた。雇用調整助成金の申請はしたらしいが、そのあと、どうなったかは聞いていなかった。

 窓を閉める。扇風機を回そうと思い、クローゼットの中から取り出す。電源をコンセントに差し込み、スイッチを押す。回らない。古くてどうやら壊れてしまったらしい。

 エアコンが欲しい、と真一は額の汗を拭いながら、心の底から思った。

 

 

【本日のキーワード】

#コロナ終息後

#失業率

#採用ストップ

 

【本日の参考資料】

 ここのソースがどこの企業を対象にしたのか不明なのですが、リモートワークを導入した5割の人が、新型コロナウイルスが収束した後もリモートワークを継続したいと回答しています。また、二割くらいの企業が、採用を減らしたいと回答しているようです。

  この記事はあくまで参考程度の情報です。採用が減るかどうかは、来年の4月になってみないとわからないので。就職氷河期のような若者をもう一度作って欲しくないと願っています。

 

agent-guide.com

 

 とある経営コンサルタントの方が「日本では失業率が1%上がると、自殺者数が2300人増える。」と試算していました。

 日本は失業率を上げないために解雇規制が厳しくなっているのかと思いがちですが、私はそうではないと思っています。ガチガチすぎる解雇規制が企業に人を縛り、経営を固定化させ、一度ドロップアウトした人間を簡単には這い上がれない社会へしているという方が正しいと考えています。

 雇用の調整弁として、非正規雇用の規制を過去に取り払いました。今や、日本には非正規雇用者が2000万人以上います。ここの流動性により、日本の失業率を押し下げているという見方もあります。日本のセーフティーネットはここでお終いです。……生活保護はありますけどね。

 

 いずれにしても、簡単には這い上がれない社会となっているのです。人を簡単に解雇させないという考えは全否定しませんが、低賃金労働を乱立させた雇用の流動性など、人を成長させない、ひいては、日本経済を成長させないと言っているようなものです。

 解雇規制も良いのですが、解雇させないのではなく、技術の伝承をきちんと行って、人を成長させつつ、企業がきちんと人を継続して雇っていけるような社会が、真の雇用の流動性ではないでしょうか。

 

 なお、2020年5月現在、日本では隠れた失業者が500万人以上いると推計されています。新型コロナウイルスの影響により、休業している方々の数です。もしこれがすべて失業者に振り替わった場合、失業率は一気に上昇し、11%まで上がると予想されています。

 そうならないことを祈っています。

 

 diamond.jp

 

www.msn.com

 

レイオフとは

『「レイオフ」とは、「一時解雇」のことをいいます。業績が悪化した際に一時的に従業員を解雇し、その後、業績が回復した時に再雇用するというものです。レイオフは主にアメリカやカナダなど、北米企業において実施されている人事施策です。』

jinjibu.jp