言葉の煙霞

言葉は、無限の可能性を秘めている。

Work Life Things ~side Work

★011.新型コロナ終息後の夜明け空に思う彼是

布マスクをしながら地下鉄に乗り込むと、座るところがなかった。小早川(こばやかわ)紗希(さき)は、ため息をマスクの中に吐き出し、人々の視線に背を向けた。電車の扉の前に立ちながら、少し伸びた前髪を指先で引っ張り、かき分ける。そろそろ髪を染めたいと…

★010.御社の強みは納期を守ることでしょ?

脇の下でピピと電子音が鳴る。 体温計を取り出す。36.6度。平熱だ。 1日でなんとか熱が下がったことに安堵した小早川(こばやかわ)紗希(さき)は、テレビのニュースを見ながら、朝食のパンを頬張った。マーマレードジャムの酸味が口いっぱいに広がる。 ニ…

★009.風邪をひいても社内会議には出ろ

頭が痛い。二日酔いか。 目が覚めた瞬間、小早川紗希(こばやかわ・さき)は思った。枕に顔を埋めたまま、なかなか起き上がらずにいると、身体が布団の中でぶるりと震えた。 違う。これは……。 紗希は毛布に包まったまま、机の引き出しから体温計を取り出し、…

★008.正社員の立つ場所は。

ここは牢獄か。 紗希がようやく口をつけたグラスのビールは、少しぬるくなっていた。泡と苦みが、ついつい毒を転がしてしまった舌の上にいつまでも残り、紗希は顔をしかめた。 紗希が連れて来られたのは、賑やかな洋風居酒屋だった。 同期会には、主催者であ…

★007.同一労働同一賃金

会社の一員になることで、この世の中はようやく、一人の人間を社会人として認める。 雪がすっかりとけ、袖を通すコートが薄くなり始めた頃、令和2年4月になった。小早川紗希の、派遣職員として、二年目の春がやってきた。 この春から、ついに同一労働同一…

★006.失われた30年

午前10時。洗濯機を回していると、突然、玄関のインターホンが鳴り響いた。 「お母さん。どうしたの?」紗希が玄関の扉を開けると、母がパンパンになった手提げ袋を抱えていた。 「野菜。持ってきてあげたよ」 「重かったでしょう」 紗希は母から手提げ袋…

★005.ドロップアウトの先

真面目に、愚直に生きることは、とても辛い。 東京の大学院を辞め、地元の北海道に戻った紗希は、実家で療養していた。軽いうつ病と診断されたので、気持ちを落ち着けるまで1年ほどかかった。 ようやく札幌で就職先を探せるようになった頃には、実家に戻っ…

★004.日本の働き方の違和感

人は、努力と忍耐と根性があれば成長できて、いかなる困難に対しても立ち向かえるようになる。 紗希は大学院へ進学した時、教授にこう言い聞かされた。 「これからの日本は、結果がすべてになる。年功序列の時代は終わった。結果を出すためには、自分の限界…

★003.労働の空白

少し熱いくらいの湯に浸かり、ルームウェアに着替えると、心がほっとして、落ち着いた。 紗希は部屋のソファに座り、濡れた髪の毛をバスタオルで丁寧に拭いていた。 ……さっきは、高梨さんにきつく言い過ぎたかな。突然、帰っちゃったし。休み明けにちゃんと…

★002.なぜ残業が多いのか。②

「俺、出向を命じられたんだよね」 電子レンジで温めすぎて萎びた枝豆を指でつつきながら、高梨が他人事のように言った。 「え。どこにですか? まさか、北海道外? 単身赴任?」 紗希が心配そうに尋ねた。高梨は結婚していて、子供もいたはずだ。 「幸い、…

★001.なぜ残業が多いのか。

やってしまった! 自分の頭を掴み上げて雪の中へ放り投げてしまいたいほど、小早川紗希(こばやかわ・さき)は自責の念に駆られた。 家の鍵を、会社に忘れた。 親友の山口香(やまぐち・かおり)と、街へ飲みに出掛けたのはよかった。でも、約束の時間に間に合う…